Cloud Chair
Profile
Teruyoshi Kaneko
2002年、奈良県生まれ。大学では社会学を学んでいたが、安藤忠雄が設計した地中美術館を訪れたことをきっかけに建築を学びはじめる。ピーターズントー、倉俣四朗などに憧れる。Youth Portfolio 2025 最優秀作品を受賞。
Product Concept
Cloud Chair
建築の持つ明確な輪郭や構造的な強さに違和感を抱いたことから、もっと曖昧で、変化し続ける存在をかたちにできないかと考えた。Cloud Chairは、雲のように揺らぐ輪郭と、身体を預けられる強度を両立させようとした試みである。インテリアと建築のあいだに漂うような、新しい存在のあり方を探った。
Details
Interview
建築とインテリアのあいだで
建築を学ぶなかで抱いた、もっと曖昧で、もっと軽やかなものを形にしたいという想い。その感覚から生まれたのが、金子照由さんの「Cloud Chair」だ。雲のように輪郭が揺らぎ、空気と一体化しながら、たしかにそこに存在する。手づくりのプロトタイプから、職人との協働によって実現されたその作品は、デザインと製造の理想的な関係性を表している。
心に響く建築との出合い
社会学を専攻していた金子さんが、建築へと進路を変えたのは偶然に近い出来事だった。学部選択の直前に訪れた直島の地中美術館での体験が、そのきっかけになる。それまで建築に強い関心を持っていたわけではなかった金子さんにとって、空間が感情を動かすという経験は決定的だった。インプットを積み上げ、思考を空間として立ち上げる。建築という領域が持つ可能性を、身体感覚として理解した瞬間でもあった。
「社会学では、医療格差をテーマに学んでいました。でも、それが自分の中でどうアウトプットされるのかが見えなくて。建築に触れたときに、これは社会をつくる行為なのかもしれないと衝撃を受けたんです。安藤忠雄さんが手がけた地中美術館に行ったときに、驚きというか、神秘性みたいなものを感じて。建築がこれほどに人の心に響くのか、と」
建築を学ぶなかで、金子さんの関心は家具にも広がっていく。北海道・東川町で開催された家具のデザインコンペへの参加と、そこでの出会いが転機となった。椅子研究家の織田憲嗣さんの言葉、「家具の歴史はつくり方の革新の歴史でもある」を手がかりに建築と同じく、つくり方そのものに目を向けるようになり、Cloud Chairのプロトタイプをつくり上げていった。
「新しいものをつくりたいという欲望がずっとあって。クラウドチェアの原型は、東川で出会った職人志望の学生さんと一緒につくることになりました。完全に手作業でしたけど、その経験が今回につながっていると思いますし、素材や構造、加工といった制約のなかで、どうすれば形にできるのかを模索する時間そのものが、自分の基盤になっています」
「雲に乗れたらいいな」をかたちに
Cloud Chairの出発点には、建築の持つ“硬さ”への違和感があった。構造的に安定し、輪郭が明確である建築に対して、もっと曖昧で、連続的に変化し続ける存在をかたちにできないか。その問いに対する答えとして浮かび上がったのが「雲」というモチーフだった。ねぶたの構法に着想を得て、ワイヤーと和紙による軽やかな構造を試作していくと、完成形よりもプロセスの途中にこそ宿る魅力への直感があった。
「建築のリジッドな雰囲気に対して、雲はずっと形を変え続けるし、そういうふんわりとしたものをつくれないかなと考えていました。ねぶたの構造をヒントにして、最初は和紙を貼る前提だったんですけど、その前の状態に強く惹かれていって。ワイヤーだけの状態がすごくかっこよくて、むしろそのままのほうがいいなと」
ワイヤーで構成された形状は、感覚だけでなく計算と選別によって導いた。雲の流体シミュレーションを約240パターン生成し、そこから線材で構成するアルゴリズムを組み、さらに手作業で調整を重ねることで最終形へと収束していった。デジタルと身体感覚を往復するプロセスが、曖昧さと強度を兼ね備えた形を生み出している。インテリアでありながら、アートのような佇まい。素材や構造との向き合い方には、敬愛するデザイナーの一人、倉俣史朗からの影響も垣間見える。
「240パターンくらいの中から一番いい形を選んで、さらに自分で直していきました。子どものころに“雲に乗れたらいいな”と夢見ていた感覚を、そのまま形にしたかったんです」
自分ひとりでは届かないディテール
によって、特殊美術造形を得意とするツエニー社の村瀬直人さんが型の製作を担い、さらに鉄の加工には鍛冶職人の堀井健次郎さんが加わった。建築、造形、金属加工といった異なる領域の専門性が交差することで、はじめて成立するプロダクトとなった。
「3Dモデルから型をつくって、それを石膏で取って、その中に鉄を一本ずつ配置して溶接していくんですけど、とんでもない方法だなと驚きました。図面通りに切って組めるものではないので、型の中で仮組みして、分割して、内側から溶接して、また組んでいく。自分一人では絶対にできないプロセスでした」
素材もまた、製作のなかで大きく転換された要素だった。プロトタイプではステンレスを想定していたが、職人との対話のなかで鉄へと変更される。時間とともに変化していく素材の特性が、作品のあり方そのものと結びついたためだ。堀井さんの『ステンレスは完成した瞬間がピークで、そこから劣化していく。鉄は時間をかけて安定していく』というアドバイスが決め手となった。
製作の過程では、デザイナーとして譲れない要素と、職人の知見を受け入れるべき領域とのあいだで対話が重ねられた。線材の太さ、脚の径、そして細部の印象を左右するディテールの仕様。ミリ単位の検討によって最終的なバランスが導き出されていく。
「細さはすごくこだわりました。最初は3ミリでいきたかったんですけど、溶接で溶けてしまうので5ミリに。脚も太いほうが安定するとアドバイスをいただいたんですけど、10ミリでお願いして、設計を変えながら実現できました。実は一番気に入っているのはキャップなんです。造形的な判断から、キャップも鉄でつくってくださって」
賞金以上の価値
プロトタイプの段階では「自分の作品だ」という実感が強かった金子さんにとって、今回の職人との協業はその認識を大きく変える体験となった。複数の専門家との協働によって立ち上がる一脚は、個人の作品であると同時に、関わった人々の知と技術の集合体でもある。
「今回は、自分の作品というより、関わったみんなで生み出した感覚があります。職人さんがいなければ絶対にできなかった。でも同時に、僕がデザイナーとしてどうしたいかを示さないとまったく違う方向に進んでしまうんだなと勉強になりました。明確な意思を持つことの大切さを実感できたこともよかったです」
このプロジェクトの価値は、完成したプロダクトそのものだけにとどまらない。学生にとって、自らのデザインが高い精度で実物化され、社会に開かれた形で提示される機会は極めて限られている。Cloud Chairの製作は、その稀少なプロセスを経験する場でもあった。
「プロフェッショナルの方々と一緒につくることで、クオリティもプロセスも全然違ってきます。賞金10万円以上に素晴らしい経験を得たと思います。賞金100万円だったとしても、職人と協働して実物化できる経験のほうがありがたいです」
完成したCloud Chairは、思考と技術、そして人と人との関係性が融合することで立ち上がったひとつの結晶だ。そのあり方は、家具におけるデザインと製造の理想的な関係を示している。